ずっと欲しいと思っていても、その機会がなくてなかなか手にしなかったものが、突然必要になってしまうことってありますよね?
そんな私の突然は、印鑑証明に必須な『実印』でした。
子どもが二人いる身ですが、恥ずかしながらまだ印鑑登録をしていませんでした。自分の中で、印鑑登録する印鑑(実印)は、ちゃんとした印鑑で!という思いがあったものの、今まで日常で実印を必要とすることが無かったこともあり、すっかり忘れてしまっていた印鑑登録用の実印作り。
そんな私の、急遽始まった私の印鑑づくり。
まずは、ネットで「小浜市 はんこ屋」で検索しました。ヒットしたのは2軒。家から近かったということもあるのですが、最初に電話したのは、「藤井印房」。対応も私の中で好印象だったこともあり、実際お店に足を運んでみました。
藤井印房は、創業77年の老舗はんこ屋さん。
現店主の藤井勝さんは二代目。お父さんが京都ではんこ屋を始め、昭和20年からは小浜市一番町で開業されたそうです。勝さん自身は、京都生まれで、はんこの修業も京都でされました。その後、東京ではんこ屋を2軒経験し、27歳の時、小浜に来られました。
この20年、はんこ文化だった社会から、脱はんこ社会が進み、はんこ業界は下方をたどる一方。さらにここ2,3年は、新型コロナウイルス感染症の影響で在宅ワークが増え、紙社会からデジタル化が加速し、ますますはんこの需要が減ってしまいました。
小浜にはもう2店舗しかなく、そのうち、外注しないで自分のお店で手彫りしているはんこ屋さんは、この藤井印房さんの1軒とのこと。敦賀市でさえ、もうはんこ屋さんは1軒もないらしいです。
「昔は、はんこを見れば、職人さんのクセが必ずあるから、これは誰誰さんが彫ったはんことすぐに分かったのに、今は機械彫ばかりだから味がないよね」と、藤井さんは寂しそう話してくれました。
今回、私は実印を作りたかったので、少し大きめの印鑑をお願いしました。
最初、お店が分からず、何度も周りをぐるぐるしてしまいました。それも藤井印房の場所は、住宅街の突き当りで、私は一度も右折左折したことのない道路の先。ここに入っていくの?と不安になるようなところでした。周りは普通の民家しかなく、藤井印房も盆栽に囲まれ民家の1つにしか見えなかったので、全く看板が目に入りませんでした。
そこからの、玄関での打ち合わせ。折り畳みのパイプ椅子に座り、印鑑の材料と文字を選びます。この感じ、店構えで驚かされたので、許容範囲というか(笑)。
ちゃんと昔ながらのストーブが置いてあるのも期待を裏切りませんね(笑)。
さて、話を戻します。藤井さん曰く、実印を作るのには吉相体(きっそうたい)がおすすめとのこと。
吉相体は、文字の線が四方八方に広がり、文字と印鑑の枠が接する部分が多く、隙があまりないようにする字体のことです。隙がないように、つまり家に悪となるものが入ってこないように。そんな意味もあるそう。
私の名字はすごく簡単なよくある名字なので、藤井さんは「隙がないように、ちょっと曲がらせてみたり、一見変わったように彫ってあげるね」と。
また、吉相体は、ほかの書体に比べ偽造されにくい。とくに機械彫ではなく、藤井さんのような職人さんのクセは真似されにくいそうです。さらに印鑑の耐久性もよくなるとのことなので、もちろん吉相体を選択しました。
2日後。完成した印鑑をみると、角が丸く、藤井さんの優しい笑顔を思い浮かぶような優しい私の名字が出来上がっていました。この温かみのあるはんこ。実印にしてしまうため、人生で使うことは1回ないし2回…。
最初、藤井さんに相談した時も、実印を使うのは相続関係の時ぐらいだから、女性は1回ぐらいだろうね。そこまでお金かけなくてもいいかもね。なんてことも言っていたくらい。せっかくの印鑑を使いたいような、実印として大事にしたいような。とにかく、認印として日常的に使いたくなるくらい気に入りました。
冒頭にも書いたように、はんこの需要がなくなっている今、藤井さんはお寺の改名彫位牌彫もされているそうです。私は嶺北出身で浄土真宗なので、位牌彫は見たことがないんですが(浄土真宗は位牌(木材)は住職さんが習字で書いてくださっていました)、嶺南は曹洞宗が多く、位牌に戒名を彫るそうです。これは主にお寺から依頼されるそうです。
また、玄関にある機械や代木(だいぎ ゴム印に使う木)も最近は使ってないんだけど。と寂しそうながらも、説明してくださりました。すると今度は、印鑑を彫る時に使う刀もたくさん出してきてくださいました。
印鑑を彫る刀、素人の私から見るとどれも似たようなものばかりで、なぜこんなに多いのかお聞きすると、印鑑用とゴム印用では刀が違うそうです。藤井さんは、東京で働いていた時は、印鑑だけを手掛けていたのですが、小浜に来てからゴム印も手掛けるようになりました。この、木口彫刻とゴム印彫刻の両方を手掛ける職人さんは少ないそうです。このことを藤井さんは自慢するのではなく「東京で働いたときは、職人はたくさんいたからどちらかだけで良かったのに、小浜に戻ってきたら両方せなあかんくなったんや。東京の時は良かったなぁ」と笑いながら話してくれました。はんこを彫れるようになるには10年かかるそうで、先ずは木口刀(こぐちとう)を研げるようになるのに5年はかかるそうです。
また、「小浜では一番町でずっとやっていて、西津橋工事の立ち退きで今の自宅をお店にしたんだけど、一番町でやっていた時は、はんこを彫っていると、よく小学生が外から覗いていたんだよ」と懐かしそうに。でもどこか寂しさを感じました。
藤井さんの息子さんは、すでに県外で別の仕事に就かれ、藤井印房は勝さんの代で終わりにするそうです。私の父も75歳で、表具屋の職人です。藤井さんと話していると、趣味が盆栽だったり、手には職人だこがあったり、自分の代で終わってしまうという時代の流れを寂しいながらも受け止める覚悟ある姿に、父を重ねてしまいました。
ダイソー等の100均で済ませられる世の中。さらに、はんこ文化からデジタル文化になってきている中、なかなか職人に印鑑を作ってもらう機会はないかもしれません。
でも、藤井さんのはんこは押すたびに嬉しくなるような安心感のある字体と持ち心地です。この記事を読んで、私のようにずっと後回しにしていた印鑑づくりを藤井さんにお願いしたい。と思ってくださる方が、一人でも居たら嬉しいです。
藤井印房
〒917-0093
福井県小浜市水取4丁目3−31
0770-52-1524
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