「自分がいけばなで表現している世界観というのは、全部今まで自分が見てきた景色だということを、帰ってきて再発見しています。エベレストみたいな極端な線も格好良いですが、やっぱり落ち着かない。ゆるやかで、なだらかにつながる曲線。きっと幼少から眺めている低い山並みと地平がつながる地元の風景があるんです。南川や北川の春の青空と菜の花の黄色、緑。そういった色合わせも好きで、無意識に作品に表現していることに、季節ごとに気づかされています」
そう語ってくれたのは、宮川地区に「Flower Studio&Cafe 甚」を2024年8月にオープンした華道家で小浜出身の前野博紀さん。有名華道家のプロデュースや制作アシスタントを経て、2006年に「花匠前野」として独立してからは、三島大社での天皇御在位記念式典奉納献花や京王プラザホテル、東京ミッドタウンなどでの大型作品の創作など、従来の華道家のイメージを超えた芸術活躍をされている。
「『甚』という名前は、前野甚右エ門という屋号から。店舗は自分が生まれ育った実家をリノベーションしました。当時はあまり気づかなかったのですが、この家は父親による改築を繰り返してきた建物だということが見えてきました。最初はコンパクトに建てて、子どもが生まれる毎に増築。素人だったので、見えないところはトタン板一枚だったりしていましたが、人を招く部分は素人の仕事とは思えないほどよく作られていると大工さんも言っていました」
2階建て住宅のうち、今回リノベーションしたのは1階部分。甚は、お花一本から購入することのできる花屋とランチとディナーを楽しむことのできるカフェ。今必要なのは1階部分で十分。2階部分は、前野さんの父親がそうしてきたように、今後違うサービスなどの必要性が出てきたら考えるとのこと。
「うちのシェフは、和食や洋食などのジャンルに捉われることのない料理を作ってくれます。それは、アメリカやタイのプーケットなどで長く過ごしてきた海外経験と、自身が病気を患った際の闘病経験から。『食』は生きていくことに欠かせないもの。土地や季節、それぞれで異なる中でも、健康を維持するために必要となるものは同じ。甚の料理は、シェフが食で健康と向き合ってきた経験から生まれる創作料理です。だから、健康な方も病気を抱える方も、安心して美味しく召し上がっていただけます」
ランチは定食やワンプレートが中心。ディナーはコース料理、自家製パテ、トルコのフムスなど、普段なかなか味わえない逸品を楽しむことができる。ドリンクメニューも豊富で、特にオリジナルサングリアが人気。
「食に関わっていると落ち着く」と語り、四六時中、調味料の調合や食のペアリングを探求するシェフが生み出す料理は、どれも独創的。失礼ながら、某きゅうりの漬物と思って口にした、“おしゃれQちゃん”と名付けられた料理は、にんにくの香りとスパイスが絶妙で新しい味に驚かされた。
「花は、生きています。その花で命の彫刻をつくるのがいけばな。永遠にそこに置くことができないけれど、記憶には残ります。甚の料理で目指すのは、記憶に残る味。近所の方は『粋(すい)な味やわぁ』と言ってくれますね。小浜でお店を開いたのは、老朽化する実家を何とかしなければという思いもありました。でもそれ以上に、今わたしたちができるのは、食文化が豊かな小浜で、心のケアをする『花』と、身体をケアする『食』が交わる場を提供することだと思ったんです」
甚に行く度、近所の方や前野さんの同級生、市外からの若者など、幅広い世代が料理を楽しんでいる風景が心地良い。
「先日、このお店でプロポーズをしたいという若い方がいらしたり、さっきも花束を作って欲しいんです!と、飛び込んで来られる方がいました。日々をちゃんと暮らせて、人が喜んでくれて、花に関われたらいい。新たな風景の中、植物と植物をどう合わせて、人と植物が出会って、どんな新しい可能性が生まれるのか。穏やかに挑戦していきたいと思っています。50代で戦うのは、もういいかな(笑)」と、前野さんは楽しそうに話してくれた。
小浜の“花のまち”と言えば宮川地区。その宮川に、花を楽しむ「Flower Studio&Cafe 甚」を中心とした粋な物語が咲き始めた。
Shop Information
Flower Studio&Cafe 甚
〒917-0223 福井県小浜市加茂第79-18
ランチ 11:00~15:00(L.o14:30)
ディナー 18:00~22:00(L.o 21:30)
定休日 水曜日
Instagram : Flower Studio&Cafe 甚
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