失敗できる環境が、まちを発光させる。〜探究のまち小浜が目指す教育とは? vol.01〜
福井県小浜市では、「さばの缶づめ、宇宙へいく」に代表されるように、地域を舞台とした探究的な学習や地域連携型の教育活動が長年にわたり行われてきた。
2022年、「総合的な探究の時間」が全国の高校で必修化され、全国に広がった「探究学習」。しかし、全国の教育現場では「調べ学習で終わってしまう」「教員の9割が課題を感じている」という実態もあるそうだ。
一方、小浜市では50年以上前から探究活動の文化が根づいていることをご存知だろうか。また中学校では、全国でも珍しい学年を越えた縦割りの班で、子どもたちが自由に課題を設定し、地域で探求をしている。
なぜ、小浜ではそんなにも前から「探究学習」というものが始まり、根付いたのか。小坂康之教育長の言葉と共に、その深層を探った。
小浜が目指す“探究のまち”とは?
文部科学省が高校で「総合的な探究の時間」を必修化したことで、探究学習は一気に全国に広がったが、文部科学省の審議会資料(令和7年10月)でも、「総合の本来の趣旨とは距離のある様々な活動に時数が充てられ、まとまった時間を割いて探究に取り組めていない事例がある」と指摘されているようだ。
探究学習が必修化されたとしても、その本質となる“生徒自身の問いから始まり、対話を通じて深まる学び”が機能しているかどうかは、学校によって大きなばらつきがある。
その構造的な問題を一言で表すとすれば、「探究を、外から持ってきたもの」として扱ってしまっていることではないだろうか。テーマが教員から与えられ、調べてまとめて発表して終わり。その先の問い直しや対話、失敗、積み上げを望むことが難しい。
小浜では、50年以上前から「3S学習」と呼ばれる独自の学習スタイルが実践されてきた。小坂教育長になぜ小浜は探究学習が根付いたのか尋ねた時、真っ先に答えてくれたのは、意外にも教室内での話ではなく、地域の伝統食「鯖のへしこ」の話だった。

「へしこを調査している時、なんで両手こっぽりの塩を入れなあかんのか生産者に聞いたら、『分からん、そうせんとうまくいかん』って。へしこの製造も口頭伝承でずっと伝わってきているんですよ。それは結局、常に探究して、失敗して、また失敗してっていうことが続いてきた文化だと思うんです」
発酵という営みには、正解がない。毎年の気温・湿度・材料が違い、作り手が試行錯誤を繰り返す。そのプロセスそのものが「探究」であり、その姿勢が小浜の文化的な土台になっている。全国の「探究学習」が「授業の枠の中に収まった活動」として設計されているのに対して、小浜の探究は「まちの人々がずっと積み重ねてきたこと」の延長線上にあるという違いが、根本にあると小坂教育長は話してくれた。

“3S学習”とは何か?
小浜市教育委員会が50年以上前に書籍化した「3S学習」は、3つのステップで構成される
3S学習の3ステップ
①チャイムが鳴ったらする仕事
【先生の指示を受けず自分でやる(自律)】
②新しい仕事
【ひとり調べとみんな調べがある。ひとり調べで問いを出し、みんな調べで、その問いで対話する(焦点化・追求)】
③次時の計画
【次回の学びに向けて計画を立てる(自律的な計画)】

小浜市立小浜小学校が書籍化した「3S学習」に関する書籍。
「“みんなしらべ”っていうのは、音楽のしらべに近いと思っていて、それぞれが奏でることによって一つのハーモニーができるような感じを受けています。単に違いが分かっただけで終わるのではなくて、もう一個上の、この違いっていうのは何だろう、どうつながっているんだろう、という一人で調べたことから生まれた問いを使って、みんなとの対話まで持っていく」
「調べ学習で終わる」全国の悩みと対照的に、小浜の“みんなしらべ”は、問いをかけ合い、ゆさぶり合い、思考を深めることを目的としている。教員の役割も「答えを教える」ではなく、「なぜそう思うの?」「逆の場合は?」と問いを返す現代のファシリテーターのような役割。これを普段の授業の中で実施している。

この3S学習が、今まさに世界中で注目される哲学対話と一致していることが分かった。小坂教育長がハワイまで学びに行ったのが、ハワイ大学が推進する「p4c(Philosophy for Children=子どもの哲学)」。子どもたちが「答えのない問い」を出し合い、対話を通じて哲学的思考を深めるこの学習法は、欧米や東南アジアなど世界30カ国以上に広がっている。

「p4cって“みんなしらべ”そのものなんですよ。世界が今始めていることを、小浜はそれを、50年前からやってきた。しかも、p4cで使われる対話や思考を深めるための7つの問いをまとめた問い返し技法である「WRAITEC」Why?、Reason?、If?と小浜の『切り返し』が、全く同じだったんです。探究とは、対話を通じて自らの興味関心と世界を結びつけること」と小坂教育長は言う。
全国の探究が「やらせてみているが定着しない」と悩む中で、小浜は世界の最先端と同じことを、文化として50年前から普段の授業の中にとり入れて実施していた。この歴史的な蓄積こそが、小浜の探究を「特別」にしている最大の理由かもしれない。

探究は「まちの文化」でなければ根づかない
全国的な課題として、文部科学省の資料でも「地域資源の活用が必ずしも進んでいない」「一部の担当教員に大きな負担がかかっている」と指摘されている。探究学習が成立するには地域の大人が関わることが欠かせないが、そのコーディネートが難しい学校は多い。
小浜では、水産業や発酵食文化、地元の産業すべてと山海の自然など、まち全体が学びのフィールドになっている。生徒が化粧品を開発したいと言えば米ぬかから実験し、塩づくりを思いついたら、大相撲の土俵に撒くところまで考える。フィールドと探究が地続きになっている。

「探究は、対話の繰り返しが物事を深めていきます。そこには、やっぱり人が介在することが大切で、文化と歴史、自然、全部あるこの地域性が、子どもたちの人生を舵取りする体験を作ることができる。受け入れる環境として小浜は抜群、最高ですよ」

探究学習が「まちの文化」になること。それが、小浜の探究が50年以上続けられてきた理由であり、全国の探究が目指す一つの姿でもある。
次回は、その文化の中で育まれる「失敗」と「ワンダー」の力について、小坂教育長自身の歩みと共に深めていく。

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