若狭小浜に息づく“若狭もの”の仕事
「淡乾(しおほし)の品多しとはいえども、是天下の出類、雲上の珎美(ちんび)と云べし」
江戸時代の書物「日本山海名産図会」では、“数ある塩干し品物の中でも、若狭かれいは全国でも抜群の味で、この上ない珍味である”と紹介され、江戸時代の浮世絵師・歌川広重は「六十余州名所図会」で若狭を代表する景観として若狭かれい漁を描いた。
若狭小浜の食文化を語る上で、「若狭かれい」は欠かせない。1985年からは皇室にも献上されるようになり、今なお“若狭もの”を象徴する味として受け継がれている。
その若狭かれいはどのように加工され、守られてきたのか、献上がれいを準備する「小浜魚商協同組合」の加工場を訪ね、理事長・野村浩さんに話を伺った。

皇室献上を支える職人の眼
「献上がれいは、15尾入りの箱を5箱。合計75尾やね。選りすぐりのものだけを送るから、今年は138尾加工する予定。サイズや重さについて明確な規定はないんやけど、若狭湾で採れた250gから300gくらいの傷がないものだけを毎年選んでいます」
献上の時期は12月から1月。日程が直前に決まることもあり、準備には細やかな先読みと段取りが必要だ。
「漁獲量の減少で、昔みたいに急に150枚くらいのヤナギムシガレイを揃えるのは難しい。だから、10月の底引網漁の解禁から市場に通って、献上がれいになり得るものを少しずつ仕入れ、5枚ずつ真空冷凍で貯めていくんや。もちろん本音は冷凍していないものを使いたいけれど、若狭湾で採れたもの以外を使ってしまったら、献上がれいにならんからね」

熟練の一汐
若狭かれいの加工は、とにかくシンプルだ。
ウロコや汚れを落とし、エラを取って、水で洗い、塩を振る。
程よく味が入ったら、もう一度水で洗い、干して仕上げる。





「自分の味付けには、もちろん自信を持っていますよ。なんか知らんけど、みんな美味しいと言ってくれるしね(笑)。献上するものは、肉厚なものを選ぶから、しっかりと振り塩をしてあげるかな。塩の落ち方とか見ながらね。いつも通りの仕事だから、特に緊張はせんよ(笑)」

「手にした時に、重さと厚みが分かるでしょ?その感覚で一枚ずつ塩の量は変えています。塩だってちゃんとしたものを使ってますよ。シンプルな味付けだからこそ、質と量でしか味は変えられないからね」
野村さんの仕事は、とにかく早い。カレイを手にすると同時に塩をつかみ、指の間から滑らかに塩を降らせる。満遍なくしっかりと。その熟練の技が醸す美しさは、若狭の誇りそのものだ。

「今年は、乾燥機に入れずに仕上げようと思っています。もちろん、陽に当てるのが一番良いんやけど、衛生面もあるし、室内での“天日干し”を工夫してみようと思う」
その日の天気と温度から、換気扇はかけるか、扇風機は使うか、魚を干す間隔についてまで、綿密な打ち合わせ。野村さんは、献上当日の午前3時から1時間毎に乾き具合をチェックしていたそうだ。






12月、今が最もおいしい季節
献上の当日は、組合員の皆さんが正装され、多くのメディアが集まった。
今年もまた、光を透かすような透明感と、ふくよかな姿が際立つ若狭かれいの一汐干しが揃えられた。
舞台上で串から1尾ずつ静かに外し、組合員の手で丁寧に選別。選び抜かれたものだけが、時間をかけて献上用の箱へ収められていく。






若狭かれいに使うヤナギムシガレイは、10〜12月に若狭湾で水揚げされる。
淡泊だからこそ、素材と加工の腕がそのまま味に現れる。
「若狭かれいが一番おいしいのは12月。産卵するとガリガリに痩せてしまうから、2月にはあまり並ばなくなるんや。だから、今食べてもらいたいね」

若狭の海が育て、若狭の人の手で仕上がる“若狭もの”。
その象徴ともいえる若狭かれいは、古来より受け継がれてきた水産加工技術「若狭一汐(ひとしお)」の結晶だ。
海の香りと、冬の風、人の手によって生み出される若狭の味。
いまも地域の宝として息づくこの味を、ぜひ味わってほしい。


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