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風土から生まれた味を追って — 冬の小浜に息づくへしこ、“手の味”との出会い

小浜の鯖へしことの出会い

福井県小浜市は、古くから「御食国(みけつくに)」として都に食材を届けてきた港町。若狭湾で獲れる豊かな魚介類や米、そして貴重な塩は、京の食文化を支える欠かせない存在だった。
保存技術が限られていた時代、海産物を塩で加工して都まで運ぶ工夫は、暮らしの知恵でもあり、まちの交易を支える力となった。「一塩」された若狭の海産物は都で「若狭もの」、「若狭一汐」として珍重され、その運ばれた道は「鯖街道」と呼ばれるようになった。

小浜から都に運ぶ間、一塩された魚は余分な水分が抜け、生魚よりおいしく食べることができると重宝された。

一方、地域の食卓には「へしこ」と呼ばれる発酵食品が根付いていた。鯖を塩漬けにし、さらに米ぬかで漬け込む保存食で、「へし込む(押し込む)」という作業からその名がついたといわれる。焼き鯖や醤油干しと並び、日常のたんぱく源として古くから人々に親しまれてきた。
小浜は、海と都をつなぐ役割を果たしながら、豊かな自然と人の営みによって独自の食文化と歴史を育んできた土地なのだ。

ここで私の話を少し挟ませてもらうと、糠、鯖、塩。
現代ではどれも珍しい食材ではないが、私はこれらと縁のない土地で生まれ育った。出身は海のない県、埼玉。もちろんスーパーに行けば魚はあったが、水はけのよい関東ローム層の影響で米の栽培が難しく、米より麦(人が集まればおばあちゃんがうどんを打つ)、鯖より芋や大豆製品が身近だった。塩はさすがに欠かせなかったが、幼少期に『へしこ』のような海産物を発酵保存させる食は未知の存在だった。

そのせいか、私は魚の発酵保存食品に興味が尽きない。鮒鮓はかれこれ11年ほど毎年漬けているし、魚醤や塩辛も自作している。『へしこ』も朝市のもの、専門店のもの、いただき物など、いろいろ食べてきて、いつか自分で漬けたいと思っていた。

イメージを変えた一口

そんな折、昨年「食観光地域活性化推進事業」で開催された小浜の食文化モニターツアーにお声かけいただき、角野高志さんのへしこと出会った。そこで『へしこ』が一気に身近になり、それまで抱いていたイメージが一新された。
塩気はあるものの香ばしい糠の風味と鯖の旨味がじゅわっと口に広がる。「こんなにジューシーなへしこがあるなんて!」と驚き、戸惑いながらも、箸が止まらなくなる美味しさに感動。

木桶で漬け込まれた角野さんのへしこに思わず興奮!!

その話を、モニターツアーの運営をされていた堀越一孝さんにすると、「安田さんには田中みさをさんのへしこも食べてほしい」と新たな出会いをつないでくれた。
『へしこ』は鯖の選び方、塩や糠の配合(味醂などを加える人もいる)、重しの加減、保存環境まで、細かな工夫の積み重ねで出来上がる発酵食品。作り手によって風味が変わり、それぞれに異なる魅力があるという。

田中さんのへしこは商売ではなく、自宅で楽しむために漬けられたもの。角野さんのものとはまた違う味わいがあるそうだ。家庭の味に出会える機会は貴重で、ぜひ漬け方も習いたいと堀越さんに伝えると、すぐに田中さんにアポをとってくれた。そして年明け、念願の小浜のへしこの美味しさを紐解くべく、冬の小浜へと再び向かったのだった。

冬の小浜で仕込む鯖のへしこ

駅から車を走らせ畑道を抜け、山を少し登ったところにある立派な木造平屋。そこが田中さんご夫婦のご自宅だった。迎えてくれた二人はすでに作業着姿で、足元には鯖や塩が並んでいた。
「今日は30尾くらい塩に漬けるよ」と、すでに手を動かしながら田中さんは説明してくれた。
そんなに漬けるの?と、驚く私に「今年はもう2回漬けて60尾仕込んだ。昔は120尾くらいだったね」と笑う田中さん。毎年100尾前後が消えることからも、田中さんのへしこの美味しさが読み取れる。

「さ、漬けていきましょう!」
その声で念願の『へしこ』漬けが始まった。まずは鯖の頭を落とし、内臓を出していく作業。

準備万端!左から、今回企画して下さった堀越美貴さん、田中さんご夫婦、筆者。

「最近は地元の鯖が上がらなくなってきてね。うちはノルウェー産を使ってるの。価格も手頃で脂がのって美味しく漬かる。他にも選ぶ人はいるよ」
そう言いながら前日から常温に出しておいた半解凍の鯖をさばく。
「昨日はまだ硬かったけど、これくらいがちょうどいい」
表面を軽く削ぎ、エラを取り、頭を落とし、背中から包丁を入れる。内臓と血合いをきれいに取り除く。
すっ、すっ。
田中みさをさんの包丁さばきは軽やかで、迷いがない。
「やってみる?」と声をかけられ、私も恐る恐る包丁を握る。
思ったよりもスッと刃が入り、確かに扱いやすい。しかし、半解凍の鯖は冷たく、外の寒さも相まって指がかじかむ。

田中さんから熱烈指導をいただく。簡単そうに見えたのだが…。

「う、うまく捌けない……寒さがなければもっと軽やかにできそうなのに……」
つい手際の悪さを寒さのせいにしてしまった。この寒さのおかげで虫や雑菌が湧きづらいため、仕込みの最盛期は1月の終わりから2月頭にかけてなのだという。

あっという間に綺麗に捌かれた鯖たち。

下処理を終え、いよいよ塩漬けへ。
「塩もなんでもいいわけじゃない。漬物用の海の塩がいいの」
一尾一尾、丁寧に塩をまぶし、手で包み込むように押さえる。桶に並べる際も、均一に重石がかかるよう慎重に鯖を配置していく。

優しく塩を馴染ませていくみさをさん。

「重すぎると身が締まりすぎるし、軽すぎると柔らかくなりすぎる。塩加減と同じくらい、重石のかけ方も重要なの」
びっちりと綺麗に並べられた鯖の桶は、風通しの良い場所へ運ばれ、重石をのせて下漬けが完成!

これが小浜の“手の味”

「さぁ、暖かいところへ入りましょう。さぁ、さぁ!」と、田中さんは暖かい部屋へ通してくれた。

田中さんが用意してくれたのは、へしこ用の鯖を一部私たちの為に醤油干しにしてくれたもの、畑で採れた白菜の煮物、お漬物、自家製味噌の味噌汁などなど。
そして、桶からわざわざ出してくれた昨年漬けた『へしこ』。このへしこに、食べる前から私は驚いてしまった。

暖かな部屋に広がるご馳走の数々。

何に驚いたかって、それはその厚さ、2〜3cmくらいはあるだろか?こんな分厚いへしこ見たことない。
『へしこ』といえばうすーく、うすーく切ってちびちび食べるものしか食べたことがなかった。しかし、田中さんのへしこはぶつ切りなのだ!それをさらに炙って出してくださった。
しょっぱく無いかドキドキしながら、炙られたへしこを口に含む。すると、糠の香ばしさとマイルドな塩気、噛むほどに広がる旨味。その美味しさに再び驚き、あっという間に平らげてしまった。

昨年漬けられた田中家のへしこ。滋味深い香りと飴色が美しい。

角野さんのところとはまた違った美味しさで、比べることのできない味。
私のお婆ちゃんの故郷、韓国には“手の味”という言葉があり、その人にしか出せないおいしさを作る人(手)のことを言う。
小浜にも、確かにその手の味があるのだと感じた。

日々の暮らしの中、手の間から生まれた、買うことのできない味。
ご馳走とはこのことだ。気持ちも、お腹も、ぽかぽかと温まった。

安田花織
在日韓国人の祖母と農家の日本の母の味、2つの豊かな食文化に触れながら育つ。
高校卒業後、懐石料理店、オーガニックコミュニティカフェなどを経て独立。土地に根ざした食文化を学びに各地に足を運ぶかたわら、各地で出会った食材や見聞きした先人達の知恵を暮らしに落とし込む料理教室や食のイベントを開催中。「ヤスダ屋」主宰

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