内外海ペニンシュラ~大森先生の時間
若狭湾から、大島半島と共に小浜湾を囲む内外海半島。その中央にそびえるのが久須夜ヶ岳。若州雲浜八景のうちの一景であり、標高618mと決して高くはないが、小浜の街から見上げるその山容は堂々としている。山の北側には断崖景勝地「蘇洞門(そとも)」があり、遊覧船の蘇洞門巡りで海上から訪れることができる。
私は代々続く猟師の家に生まれ、幼い頃からこの久須夜ヶ岳の山麓で、父親に連れられて狩りをしてきた。急登に息を殺しながら登っていくと、断崖絶壁の尾根からは若狭湾を一望できる。沖には小さな船がちらほら。その小さな船を操り、内外海半島で漁を営む大森和良さんに取材のチャンスを頂いた。

大森和良さんは「大森先生」と、皆から親しみを込めて呼ばれている。私も息子と娘も保育園でお世話になった。大森先生は、小学校の教員や「国立若狭湾青少年自然の家」の職員を経て、教育者としての経歴を地元の保育園「やまなみ保育園」で締めくくった。現在は、主に代々受け継がれてきた漁業を営みながら穏やかな時間を過ごしている。
そんな大森先生から「今度たこつぼを揚げに行くから一緒にどう?刺し網もしかけてある」と、魚大好きの私にとって大興奮のお誘いを受けた。
集合は、内外海半島の最先端にある泊港に日の出前。この泊港は、明治33(1900)年1月12日に、ロシア・ウラジオストック港から出航し、厳冬の日本海で遭難していた韓国籍の船を救出したという歴史を持つ。15日間漂流の末、93人の乗員は、泊村の人々の懸命な救助活動によって全員無事に帰国することができた、というエピソードからも分かるように、人々の温かさが息づく漁村だ。

大森先生の船は、船外機付きの全長約4メートルの小舟。内外海半島と大島半島の先端を結ぶラインの内側が小浜湾、外側が日本海に通じる若狭湾となる。一線を越えると、波の穏やかな小浜湾とは様相が異なってくる。大小さまざまな礁(ぐり)と呼ばれる岩礁が次々と目の前に現れる。

「このあたりは、水面下ギリギリのみえないところに岩礁がたくさんあって、集中して操舵しないと船底に穴をあけてしまう。潮の引いているときは見えるけれど、潮が満ちているときは、全く見えないので注意してすすまなければならない」と、大森先生。いつもの穏やかな顔つきとはまた異なる漁師の眼差しが印象的だった。

いくつもの巨岩や自然がおりなす奇岩や水中洞窟など、ダイナミックな景観に圧倒される。いつも見えている内側の内外海半島とは全く異なる風景が次々と迫ってくる迫力のあるツアーだ。
「観光遊覧船ではここまで近づけないからね。こういうツアーを観光コンテンツに組み込めるとおもしろいよね」と、大森先生が目をキラキラさせながら、奇岩のひとつひとつを紹介してくれた。

「丹後半島の先、冠島が、見えるでしょ?あそこを目印にしていつも天候や潮の流れを読み、漁を判断している。読み間違えると、急変する潮のながれや天候に対応できず、下手すると港に戻れなくなる」。一見穏やかに見える若狭湾の厳しさを静かに語ってくれた。
そうするうちに、刺し網の漁場に到着。今回のはサザエを狙った仕掛けだ。岩礁などを上に上にと登っていくサザエの習性を利用して、細かな網にサザエを絡めとることで捕獲する。ブイを目印に網を引き揚げる。網はずっしりと重く、腕や背筋を使いながらの重労働。中には毒針をもつオニオコゼなどが掛かっており、緊張感漂う作業となった。

刺し網の設置は、海底の形状や、サザエの餌となる海藻の生育状況を把握しながらポイントを決めているそうだ。
「これも父親から引き継いだ漁場の知識のうち。先祖代々のものやね」と大森先生。漁業というものを、家族で大事に引き継いでいることが言葉の節々から感じられた。
舟を帰路に向かわせ、いよいよ、たこつぼのポイントに向かう。ふと半島を見上げると、普段自分が猟を行っている道であることに気づく。山を歩いているときには気づかなかったが、ものすごい絶壁の縁を進んでいたのだな…。広いと思っていた猟場のエリアも、海から見るとごく小さな一部に過ぎなかった。改めて自然のスケールに圧倒された。
たこつぼは水が入った樹脂製や陶器製のつぼを人力であげていく。なかなかあたりがない。
「海底はだいぶ変わっているようだね。水温もそうだし。たこは今年もどこかいってしまっているようやなぁ」

大森先生は、海上からは知ることのできない、海の変化を語ってくれた。「自然は変わっていない」と思っていた自分が少し恥ずかしくなる頃、船は無事に泊港へ帰港。あたりまえに感じていた「帰ってくる」ことが、実は当たり前ではないことに気づかされた。
港に戻ると、陸での作業が待っていた。刺し網に絡まったサザエを専用の器具を使って外していく。自分の手の不器用さを再確認。作業を終えると、大森先生の奥さんが朝ごはんの準備をしてくれていた。
炊き立てのごはん、きゅうりとミョウガの浅漬け、お味噌汁。そして、とれたて、茹でたてのサザエ。もちろん朝食にサザエを食べたのは人生で初めてだ。

海での厳しい表情からいつも穏やかな表情にもどった大森先生とゆっくりと過ごした朝食はなんとも豊かな時間だった。
厳しい自然が織りなす圧倒的なスケール感と緊張感が漂う内外海半島の外側と対照的に、穏やかでゆっくりとした時間が流れる漁村の風景がまぶしい内側。外側は荒々しくダイナミックな自然、内側は穏やかであたたかな暮らし。そのコントラストこそが、内外海半島の魅力だ。「内と外」――その名の通りの地形と景観が、誰の命名によるものか気になってしまうほどに。内外海という、この半島の持つ魅力そのものの地名は、いったい誰が名付けたのであろうか。久須夜大明神と内外海半島。古代の若狭湾に想いを馳せながら岐路についた。
この記事を読んで頂いて興味を持った方はぜひ、「エンゼルライン山頂からの蘇洞門くだり」と「若狭フィッシャーマンズワーフから出航している蘇洞門めぐりクルージング」の両方を体験していただきたい。内外海半島の内と外、山と海、きっとあなたも内外海ペニンシュラに虜になるはずだ。


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