へしことは鯖を塩、こうじ、唐辛子で樽に漬け込んだ若狭地方の伝統的な発酵食品である。
一見すると、ごくシンプルな加工食品のように思えるが、その製法は人の手間隙が必要とされ、完成までに一年もの歳月を要する。原料となる鯖の目利きから始まるのが角野さんへしこ作りだ。青森から水揚げ時期の異なる鯖のサンプルを取り寄せ、角野さんの追い求めるへしこ作りに最適な鯖を目利きする。
そして、捌いた鯖を塩、こうじ、唐辛子に漬け込み、へしことなるまで一年に渡って鯖を漬け込んだ樽との対話が始まる。ここからがへしこ作りで一番重要な作業だと角野さんは語る。樽の上に乗せられた20kgの重しを下ろし、定期的に樽の中の鯖の状態を確認しながら、ムラが出ないように鯖を並び替えなければならない。その樽の数は40以上にも及び、1年の間に全ての樽でその作業を繰り返し行うそうだ。さすがの角野さんのガッチリとした体も悲鳴をあげるほどの重労働である。
こうして樽と向き合うことで、角野さんの愛がこもった極上のへしこが生み出される。伝統的な製法や素材にこだわるのは角野さんにとっては基本的なルールではあるが、それ以上に樽と向き合い、ゴールのない究極の味を追い求めることが角野さんのへしこ作りの真骨頂である。口に入れた瞬間に広がる芳醇な旨味には、角野さんが向き合った一年が凝縮されている。
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