海を臨む急な斜面から、草刈機の音に混じって、大きな笑い声が聞こえる。ここは、田烏の棚田。「わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし」と、百人一首の歌に詠まれるような風景のある地域。
今回は、この棚田を地域の誇りとしてまもり、魅せる人たちに会いに行ってきた。
みんなで守って、みんなで作る
「米作りよりも、草刈りが大変だよ」草刈機を担いで清々しい笑顔で話してくれたのは、「たがらす我袖倶楽部」の副代表を務める山下善嗣さん。国道から眺める美しい棚田は、小浜市内でも有名な景観のひとつとなっている。「ほら、あの法面もきれいに草刈ってあるでしょ?広い斜面には芝桜をみんなで植えていっています」実際に田んぼに降りてみると驚くほど傾斜が急だ。ここでの「草刈り」は、言うは易しだが行うは難しという言葉がぴったりくるかもしれない。
「ここのお米は、この水路に流れる山水を使っています。お盆の頃は一斉に使うので水の取り合いになったりすることもありますが、不思議とここのお水は枯れないんですよ」そう言うと、山下さんは棚田の真上にある水源に連れていってくれた。「昨日雨が降ったから、今日はちょっと濁っていますが、この山水はいつも冷たくて本当に気持ち良いんです。水源の掃除も、毎年3月の最終日曜日にみんなで清掃します」水源に落ちた枯れ葉を取り除きながら山下さんは説明してくれた。
この日の作業も欠席者は1名だけだそうだ。山下さんの言葉の中には「みんな」という単語がたくさん出てきた。草刈りの休憩中も、みなさんが本当に仲良さそうに話している光景が印象的だった。
思いやりがつなぐ地域の風景
「私たちの目的は、人を呼び込むというよりも、地域の課題を解決したいと思っているんです」そう話すのは、「たがらす我袖倶楽部」の代表 大戸利男さん。平成24年から続く『棚田キャンドル』の仕掛け人だ。この『棚田キャンドル』だが、例年では田植え後の春と収穫後の秋の2回開催していた。今年は、コロナウイルス感染症の影響により春は中止となってしまったが、秋はLEDキャンドルを用いた試験点灯ということで開催された。
「田烏も小学校や保育園が閉じてしまったり、地域の活力がなくなってきてしまいました。新しく引っ越してきた人がいても、知り合うきっかけもなかったり、広い世代の地域の人が交流する機会がない。そこをなんとかしたいと思ったんです」この日は、夜から始まる『棚田キャンドル』の設営が行われた。田んぼの稲も畦の草もきれいに刈られた棚田で、黄色の目印がついたロープを張りながら、大戸さんは話してくれた。「この目印は1.5m間隔で付いています。今日来てくれる地域の人たちが迷わず楽しく作業できるよう、昨日たくさんのパターンを試して決めました」袋いっぱいのLEDキャンドルを手に、小さな子どもから大人まで多くの人が棚田に広がり、LEDキャンドルの設置作業が始まった。
「この棚田に休耕地は作りたくありません。たくさんの人が観に来てくれる場所ですから。耕作者がいなくなった田んぼは、みんなで管理しています。イベントに今では県外の方も観に来てくれるようになりました。『行ってよかった』という言葉をいただく度に、やって良かったと思うんです。草刈りや芝桜の植え付けなど、多面的機能支払交付金事業の活用も今では欠かせないものになりました。こうやって地域の人たちが集まって、地域の景観を楽しみながら作ることができて嬉しい」大戸さんの言葉から、平成23年に5名から始めた地域の課題を解決するための棚田を舞台とした活動が、着実に田烏に暮らすみなさんに広がっていることを感じさせた。
地域の課題解決から魅力づくりへ
イベントと聞くと、話題作りだったり人寄せのためのように思われるかもしれない。しかし、田烏の「棚田キャンドル」は、初めから地域が抱えた“世代間交流機会の減少”という課題解決のための活動だった。まず近くの人に自分たちの景観の良さ(魅力)に気付いてもらい、多くの人に観てもらうことが活動の励みとなる。地域の誇りは、地元のみんなで作り出すことができる。そのことを、田烏の棚田は体現している。
ここに、小浜をまもる風景がある。
次回は、『宮川グリーンネットワーク』。お楽しみに!
小浜の風景をまもる人や活動を伝えるパブリックマガジン『小浜をまもる風景』は、小浜市内の各公民館または、小浜市役所2階の農林水産課前で配布しています。このWebバージョンとは違う写真も掲載しておりますので、是非お手にとってご覧ください。
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