
「出来上がるまでに大体1年くらいかかります」若狭塗の職人 加福宗徳(かぶくひろよし)さんは、私が持参した菓子道具を見てこう答えた。
品物を注文してから出来上がるまで約1年。
今はネットで注文すれば次の日に商品は届く時代に、1年間もの待ち時間は時代とのギャップを感じる。
自宅の近所に、小浜市の伝統工芸である若狭塗の「加福漆器店」という店がある。店内には漆で塗られた箸や茶椀など様々なものが置いてある。どれも漆黒の美しさと若狭塗特有の貝殻などの素材を使った意匠が目に入る。
お店に初めて来られた方は、店内の商品だけが販売物と思うかもしれない。しかし、塗職人の仕事は漆器を販売する事だけでは無い。むしろ販売よりも漆を塗る事が仕事である。
例えば、自分だけのお茶碗を若狭塗で作って欲しいと頼んでみる。すると、店主には「お茶碗の生地を持って来てくれたら塗ります」と言われてしまう。普通の買い物では、考えられない店主の対応かもしれない。注文すれば職人は自分用にお茶碗を作ってくれるという認識が、今のお客さんの考えでは無いだろうか。
しかし、ここで忘れていけないのは、塗職人の仕事はあくまで漆を塗って物を仕上げる事であるということ。木を削ってお茶碗の生地を作る事は出来ない。塗職人には、あなたが使いたいお茶碗の生地を探して持って行くことで、初めて注文が出来る。
初めて訪れた時には、私は前述のように注文すれば全て製作してもらえると思っていたので大変驚いたが、今では若狭塗の愛用者である。
和菓子職人をしている私は若狭塗に惹かれ、毎年和菓子道具を塗ってもらっている。そこには時間をかけてしかできない美しさ、奥深さ、手触りの滑らかさがある。そして製作までの1年間という期間以上に今まで続いてきた歴史を感じることができる。職人の魂である。


とはいえ、私はネットでもよく買い物をする。とても便利な世の中である。若狭塗は今の手軽さが評価される時代とは正反対のものかもしれない。しかし、そこにこそ本物の価値があるのではないだろうか。
そこには時間をかけてしかできない価値があり、それは色褪せることがなく時間と共にさらに輝きを増していく。まさに若狭塗のような価値がここにあると確信している。
コメント