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食育がまちにもたらすものとは?先進地小浜の取り組みと子ども達の成長(中編:なぜ食育なのか?食育の効果)

幼児期が大事な理由

私は、小浜市で生涯食育、つまり全世代を対象にした料理教室等の食育プログラムに関わる中で、最も重要で効果的な時期は「幼児期」であると考えています、その理由は主に3つ。
まず、幼児期は、脳の発達において、重要な時期であるからです。
少し専門的な内容になりますが、脳は乳幼児期に急速に発達する器官で、生後間もない赤ちゃんの脳の重量は400g、1歳で800g、4〜5歳で1,200gに達し、10歳までには成人とほぼ同じ重さ、つまり、1,200g〜1,400gになります。赤ちゃんの脳にある約140億個の神経細胞の数が増加するのではなく、神経細胞自体が大きくなることと細胞間のネットワークが増える事によって脳は発達します。


図は、「スキャモンの発育曲線」といわれるものですが、人体の各器官がどのように発育発達していくかを示しています。発育は器官によって特徴があって、リンパ節(扁桃腺やリンパ腺)、神経型(脳や脊椎)、生殖型(睾丸や子宮)、一般型(骨格、筋肉、呼吸器、消火器など)の4つのタイプに分類されており、脳は若い時期に急速に発育するという典型的な神経型です。その意味でも、乳幼児期には、とりわけ脳の発育に必要な栄養素が不足しないようにする必要があります。

そして、幼児期以降の脳をよくするためには、その大きさの発育よりも、脳内の神経ネットワークをいかにたくさん作るかの方が大切であり、多くの五感情報を脳に入れることで、脳内のネットワークは作られますが、生活の中で、五感(味覚、臭覚、触覚、視角、聴覚)全てを使うのは、まさに「食」に関わる活動だけなのです。
次に、幼児期は、味覚形成においても重要な時期であると言えます。
味覚とは、人間に本能的に備わっている食べものの味を識別する感覚で、舌やほおの内側などにある味蕾(みらい)が、味覚を感知する器官です。口に入った食べ物の化学成分が、水や唾液に溶けて、味蕾にある味覚細胞に触れると、その味情報が電気信号に変換されて味覚信号を経て脳に伝達されます。この味蕾にある味覚細胞が電気信号に変えることができる味は、「塩味」「甘味」「酸味」「苦味」および「うま味」の5種類で、これらを「基本五味」や「五原味」といいます。
五原味は、本能的に好む味「塩味」「甘味」「うま味」と、嫌う味「酸味」「苦味」に分けられています。塩味は、塩化ナトリウムの味であり、ナトリウムは人間が生きるために重要なミネラルであるということ、甘味は、糖の味で、エネルギーの存在を示す味であること、うま味がアミノ酸と核酸の味であり、タンパク質の存在を示す味であること、つまり本能的に好む3つの味は、生きるために必要な栄養素を摂取するために備わっているのです。
一方、本能的に好まない酸味と苦みについては、腐敗したものを避けるという本能から酸味を避け、毒物を避けるという本能から苦味も好みません。
つまり、五原味のそれぞれを本能的に好むか嫌うかは、人間が生きるための仕組みなのです。しかしながら、本能的に好まない酸味と苦みについても、味覚が定着する前の幼児期に、味覚経験(味覚のトレーニング)や食のプロセス(野菜栽培や料理)を持つことで受け入れられるようになります。それは、そのような経験値によって、生まれながらに持っていた腐敗や毒物の体内侵入を排除しようとする防衛本能を越えて、「安全」「自分にとって大丈夫」と脳が判断することであり、そのことは、幅広い食材や料理を受け入れられる豊かな食生活の営みにつながります。逆に言えば、苦味や酸味に対する味覚経験や食プロセスに関わる経験が乏しければ、年齢を重ねても、それらの味を受け入れられるようにはなりません。

豊かな食環境に恵まれる小浜だからこそできることもたくさん

3つ目は、私が、これまで小浜市において幅広い世代を対象にした食育事業に関わるなかで、年長と呼ばれる就学前年の子ども、つまり5、6歳児であれば、料理においてはかなり高度な内容も可能であり、与えた機会の多くを自身の力として蓄えていけることを痛感していることです。しかも、就学前の子どもに介入することは、その体験が就学後の学習や人間関係作りの土台となるため、一層意味があるように思います。

「もっともっと」の思いで始まった「キッズ・キッチンMORE」

2020年度からは、事業の検証と磨き上げに努め、新たなバーションである「キッズ・キッチンMORE」も開始しました。
これは、事業コンセプトである「料理を学ぶのではなく、料理で学ぶ」をより明確にするため、定員を少なくし、少人数の子ども達とじっくり向き合いながら、1〜2週間の間隔で3回連続実習を積み重ねるものであり、具体的な8つのコンピテンシー の設定とともに、知識や技術の習得、箸使いをはじめとしたマナー等の項目に加え、協調性や挑戦する力、問題解決能力などの内面的な力など、合計43項目の達成目標を設定し、各自の達成率を数字化する工夫もしています。そして、保護者の方に対しては、参加した子ども本人とその家族に対する変容についての調査を行っています。
2020度の調査結果では、3回の料理教室に参加した子ども達の目標達成率は平均9割を超え、保護者を対象にした調査においても、(参加後は)子どもの食に関する変化はもとより、食関連以外についても「自分に自信を持つようになった」「視野が広がった」「人との関わりを好むようになった」、また、保護者自身も「口出しし過ぎず待てるようになった」「子どもの力を信じて任せられるようになった」等の報告があり、参加した全ての子どもと保護者について、明確な肯定的変化とその効果の継続性が確認できています。参加した子どもが「食関連以外についても変化する」ことや「間接的に大人を変える」という現象は、大変興味深くて、本事業ならではのチカラであると思っています。

このように、子ども達の潜在能力を「調理のプロセスを通じて、もっともっと伸ばしてあげたい」の「もっと」の思いで名付けた「キッズ・キッチンMORE」は継続して実施しており、毎回定員を超えるお申し込みをいただくほどの反応をいただいています。
これからの時代は、益々複雑で予測困難な時代かもしれませんが、どのような時代においても、自分自身を信じ、人との関わりを楽しみながら、しなやかに生き抜くことができるように、そんな人づくりを「キッズ・キッチンMORE」で実現したいと考えています。
そして、可能であれば、長期に渡り小浜市で育んできたこのような食育事業のノウハウを、新たな時代の教育メソッドとして、全国に広く発信していきたい。私はそのような夢も持っています。

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中田典子

中田典子

小浜市の食のまちづくりと食育を広げる「小浜市 食のまちづくり政策幹」

2003年4月小浜市政策専門員(食育)に就任し、小浜市の食育全般を担当。以降、食育や食文化を活用した地域の課題解決策の企画・実践に携わる。2008年より総務省「地域創造力アドバイザー」として他自治体や企業、大学などを対象に広域的な活動にも携わる。2015年ミラノ国際博覧会では、イタリア在住の子ども料理教室を企画・実践。小浜市の食のまちづくりや食育事業を国内外に紹介する。近年は、業務の傍ら、「食環境と人の心の関係」を研究テーマとして、大学院博士課程に在籍している。 ----【著書】 『食と農を学ぶ人のために』 2010年世界思想社(共著) / 『五感イキイキ!心と体を育てる食育』 2011年新日本出版社(共著) / 『海とヒトの関係学 日本人が魚を食べ続けるために』2019年西日本出版社(共著)

  1. 食育がまちにもたらすものとは?先進地小浜の取り組みと子ども達の成長(中編:なぜ食育なのか?食育の効果)

  2. 食育がまちにもたらすものとは?先進地小浜の取り組みと子ども達の成長(前編:食育の歴史と小浜でのはじまり)

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