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食育がまちにもたらすものとは?先進地小浜の取り組みと子ども達の成長(前編:食育の歴史と小浜でのはじまり)

小浜が世界に誇る食のまちづくり条例を核とした“食育”について、今まで実施してきた具体的な事例と子ども達の成長にどう関係していくのか、三遍にわたり紹介していきたいと思います。

食育の歴史 ~食育のルーツは福井県~

今では多くの方がその言葉や意味をご存じの「食育」ですが、そもそもその言葉や理念は、いつ頃誕生したかご存じですか。飽食(崩食)の時代といわれている現代において誕生したように思われがちですが、決して新しい言葉ではありません。
はじめて「食育」という言葉を遣いその理念を提唱したのは、明治時代に活躍した福井市出身の陸軍少将薬剤監 石塚左玄(1851~1909)です。
左玄は1896年「化学的食養長寿論」において「学童を持つ人は、たい育も智育も才育もすべて食育にあると考えるべきである。」とし、子育ての際には、体育、知育、才育の基本となるものとして、「食育」があると述べています。また、「地方に先祖代々伝わってきた伝統的な食生活にはそれぞれ意味がある」と記し、後に左玄の弟子達によって仏教用語である「身土不二1」を用いて、その土地の季節のものを食べることが、最も健康的で栄養が豊富にあり、それが自然な形であり、そこに住んでいる人には一番優しい食になるとも述べています。
ところが時代は明治。文明開化により近代化を急ぐ当時の政府は、海外の新しい知識や技術、食や食文化を積極的に導入しました。そして、洋食が流行り人々は肉や油を使った食事を好むようになり、人々の食生活は大きく変化。その結果、このような時代に受け入れられなかった左玄の「食養論」や「食育」は人々の記憶から消えてしまいました。
そして時代は平成。100年以上たった現代において「食育」という言葉が息を吹き返すきっかけとなったのが、2001年9月に制定された「小浜市食のまちづくり条例」なのです。そして、その約4年後の2005年7月、政府は「食育基本法」を制定しました。
「食育基本法」によると、食育とは①「生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの」②「様々な経験を通じて「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践する事が出来る人間を育てること」と定義されています。
食育基本法がめざすものは、100年以上も前に左玄が提唱した「食養論」「食育」に通じるばかりか、その延長線上にあるといっても過言ではないのです。食育の祖といわれる石塚左玄が福井生まれであること、全国に先駆けて条例を制定し、地域を挙げて食育の推進に取り組み始めたのが福井県小浜市であることは決して偶然ではなありません。昔も今も「食育」の重要性を広く発信していくのは、確かに福井の地からであり、私はその事に誇りを持っています。

「生涯食育」と「義務食育」で、だれひとり取り残さない

「食のまちづくり」では、食による人づくりこそ、まちづくりにつながると考え、当初より食育を重要視していました。そして「人は命を受けた瞬間から老いていくまで生涯を通じて食に育まれる」との考えから、「生涯食育」という概念を生み出し、「身土不二」の理念にもとづく地産地消とともに、世代ごとの食育事業を数多く実施してきました。さらに、小浜で生まれ育つ子ども全てが、食を学び体験できる環境、いわゆる「義務食育」体制を整備。学校等の教育現場と行政の双方向からのアプローチを、市内全ての就学前園児および小中学生に対して実施しています。小浜市には、「だれひとり取り残さない」食育推進体制があります。
食育基本法の制定により国民運動となった食育。食育推進体制を整え、その先進地である小浜市には、連日全国から視察や取材のお客様が押し寄せるようにもなりました。それでは、子どもを対象とした食育事業をいくつかご紹介していきます。

こころを育む幼児の料理教室「キッズ・キッチン」

小浜市の食育観を最も色濃く表しているのが、幼児の料理教室「キッズ・キッチン」です。これは、食文化館が開館した2003年度に開始し、経費を小浜市が負担し市内全年長児が園単位で参加する基礎編と、個人単位の有料応募制で実施する拡大編の2本立てで実施しています。
これまで20年間の延べ参加者数は1万人を超え、小浜市では「年長組になったら食文化館の『キッズ・キッチン』に参加する」ことが定着しています。


「キッズ・キッチン」は、一般的な子ども料理教室とは一線を画し、「料理を学ぶのではなく、料理で学ぶ」をコンセプトに掲げ、学習指導要領における小学校家庭科の調理実習と同等レベルの内容を、幼児が包丁や火の管理も含めた料理のプロセス全般に主体的に取組むことで、達成感、満足感、協調性、自立心・自律心等の獲得をめざすものです。
また、魚を捌く体験等を積極的に取り入れることで、「命をいただくこと」を体得し、感謝する心の育成も重要視しています。
開始当初より、市民からの圧倒的な支持に加え、これまでに数多くの全国的な賞2も受賞しており、2015年に食をテーマに開催されたミラノ国際博覧会日本館では、イタリア在住の子どもを対象に小浜市の「キッズ・キッチン」を披露した他、半年間の会期中、日本の優良食育事業として紹介されました。

こだわりは、「小浜の年長児は全員参加」と「よく切れる包丁」を使うこと

私は、小浜市に赴任してからすぐに「キッズ・キッチン」の準備をはじめ、半年以上もの間、まるでマニアのように常にこの事業のことばかりを考えていました。年度途中で開始したため十分な事業費はなく、オープンしたばかりの食文化館キッチンスタジオでは、設計段階で幼い子どもが主体的に料理の体験をするという想定なかったため、人工大理石の調理台の高さが適当ではありませんでした。ただ、それらの調理台は、上下水道ホースや電源を取り外して、台そのものを移動できる素晴らしい仕様だったのです。
そこで、私は、キッチンスタジオの調理台をすべて取りはずして、「キッズ・キッチン」に最適な場所を作ろうと決めました。
使わなくなった保育園のテーブルとイスを譲り受け、埃や錆をふき取り、木のささくれ部分で子どもがけがをしないように丁寧に修繕。ただ、事業費が十分にない中でも、「包丁」だけは、子ども用のよく切れる高価なものを用意しました。幼い子どもの料理教室やご家庭でのお手伝いの場合、危ないからと、刃先が丸くて軽量な「いかにも子ども用」という包丁を選ぶ方が多いかもしれません。ただ、私の経験では、5歳児6歳児であれば、サイズは小さくても本物のよく切れる包丁を用意し、その使い方や安全ルールをしっかり約束した方が、結局料理は上手にでき、ケガなどにも繋がりにくいと考えています。言葉が適切かどうかわかりませんが、ママゴトのような環境ではなく、幼くても「この子は出来る」と信頼し尊重し、道具や材料の全てについて本物を用意することが大切です。

それと、「小浜の年長児は全員参加」にこだわりました。保育園に通う子も幼稚園に通う子も(2003年当時はこども園はなし)も、私立も公立も、とにかく小浜で生まれ、育つ子すべてを対象としたかったのです。「だれ一人取り残さない」というこの実施体制は、その後「義務食育」という表現をするようになりました。

>中編に続きます。

  1. 人は、生まれ育った土地および環境と密接なつながりを持っており、その土地で生産されたものを食することが最も身体に良いということをいう。 ↩︎
  2. 「地域に根差した食育コンクール」特別賞(農林水産省外郭団体2003)、「毎日・地方大臣賞」奨励賞(毎日新聞社2006)の受賞の他、NHK「きょうの料理プラス」、NHKEテレ「すくすく子育て」、「福祉ネットワーク」等で特集番組として放送された。 ↩︎
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中田典子

中田典子

小浜市の食のまちづくりと食育を広げる「小浜市 食のまちづくり政策幹」

2003年4月小浜市政策専門員(食育)に就任し、小浜市の食育全般を担当。以降、食育や食文化を活用した地域の課題解決策の企画・実践に携わる。2008年より総務省「地域創造力アドバイザー」として他自治体や企業、大学などを対象に広域的な活動にも携わる。2015年ミラノ国際博覧会では、イタリア在住の子ども料理教室を企画・実践。小浜市の食のまちづくりや食育事業を国内外に紹介する。近年は、業務の傍ら、「食環境と人の心の関係」を研究テーマとして、大学院博士課程に在籍している。 ----【著書】 『食と農を学ぶ人のために』 2010年世界思想社(共著) / 『五感イキイキ!心と体を育てる食育』 2011年新日本出版社(共著) / 『海とヒトの関係学 日本人が魚を食べ続けるために』2019年西日本出版社(共著)

  1. 食育がまちにもたらすものとは?先進地小浜の取り組みと子ども達の成長(中編:なぜ食育なのか?食育の効果)

  2. 食育がまちにもたらすものとは?先進地小浜の取り組みと子ども達の成長(前編:食育の歴史と小浜でのはじまり)

  3. 20周年を迎えた食のまちの象徴「御食国若狭おばま食文化館」

  4. 食べ物がおいしいだけではできない『小浜の“食のまちづくり”』のはじまりと今

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